第1話
ここに住む同居人は、全員無職のひきこもり。
一人目は、ブラック企業で心が折れた元OLの葵。
二人目は、土木工事の現場事故で歩けなくなった土木ヤンキー玲。
三人目は、頭は良いが不登校の高校生男子、幸志郎。
四人目は、自らの性別に悩むイケメンオネエの健二。
最後に、DV夫から逃げ出した子連れママの真里。
それぞれ心に傷を抱えた同居人達。
人生ドロップアウトした、ひきこもり達のハウスシェア生活がここに始まる――。
* * * * * * * * * *
――これはまだ、葵がハウスシェアに出会う前の日常である。
肌寒さを感じて目を開ければ、真っ暗だった。
残暑も姿をひそめて、本格的な秋が訪れようとしている。そろそろ、半袖で眠るのも考えものだ。

「寒……」
ベッドの頭もとにあったリモコンで、部屋の電気をつける。
規則正しい生活を送らなくなってから、もう三ヶ月が経つ。時間の感覚なんて、とっくの昔に見失っていた。

(今、何時)
携帯に手を伸ばすが、電源が切れているそれはただの機械の塊だ。便利の〈べ〉の字もない。誰とも連絡を取らないと、充電をする事も忘れてしまうらしい。
こまめに携帯をチェックしていた過去の自分が見たら、きっと驚くだろう。
ため息をついて壁掛け時計を見ると、夜の九時を指していた。
ふと、時計の下にある姿鏡に、自らの姿が映って目が止まる。
間宮葵、二十五歳。
三ヶ月前に会社をクビになった元OL、そして現在は絶賛ひきこもり中だ。

「うわー、ひどい顔」
もともと細身だった葵の頬は、少し痩けて見える。胸まである黒髪は、艶の欠片もなかった。この生気のない顔は、心の表れなのかもしれない。
葵の顔面偏差値は、平均か、その少し上か、とにかく不細工ではないはずだ。
学生時代は人並みに恋愛もしたが、今の葵にはきっと誰も声をかけないだろう。

「誰も見ないし見せないから、どうでもいいけど」
葵は大学を卒業してから三年間、俗に言うブラック企業に勤めていた。
それでも、根を上げずに何とか食らい付き、サービス残業エブリディという素敵なOL生活を送っていたのだが。
退職勧告を受けたのは、本当に突然の事だった。
他の社員が取り返しのつかないミスを犯してしまったのだ。
その責任をなすりつけられ、内容も詳しく知らない葵が呆気なくクビになった。

「はぁー……あの会社、夜中に放火されないかな」
基本的に職場の連中は性格が悪い奴らの巣窟だったが、やはり中には、葵に声をかけてくれる優しい先輩も居たのだ。
その先輩には感謝しているので、誰もいない夜に燃えて跡形もなくなって欲しい。怪我人はなし。けれども、会社は大損害。そうなれば、心から笑える気がする。

「あー、でもあの人は、本人にもなんか欲しいな」
仕事でミスをした張本人である坂本は、葵の二つ年上で優秀な人材だった。そして、葵はそうではなかったのだろう。だから簡単に切り捨てられたのだ。
謂れのない罪を背負わされて、会社を後にする葵に、坂本は謝罪ひとつしなかった。

「坂本さんが、痴漢冤罪で捕まりますように」
尽くした相手からの理不尽な裏切りは、葵の心に大きな傷をつけた。
再就職を探すにも、飲まされた黒いモヤが腹の底に溜まり、それが苦くて、重くて――いつまでも立ち上がれないでいる。
その結果、こうして元凶共に毎夜呪いをかける日々を送っているのだ。

「私をクビにした上司は……我が子だと思って育てた子供が、違う男の子供でありますように」
そして本当の父親が現れて、上司の奥さんと子供を掻っ攫ってくれれば、満点だ。転落人生を送ればいい。
もちろん上司は、坂本がミスの張本人であることを分かった上で、しらを切り、葵のクビを切った。
上司が葵にした事は、犯罪ではないのか。犯罪者がのうのうと生きて、被害者が苦しむなんて、世の中間違いで溢れている。
葵が怒涛の三十九連勤をしていた時、大型連休をとって、家族とハワイ旅行に行っていた事も忘れていない。上司から土産だと配られた、ご当地限定の人気なお菓子は憎しみというスパイスが効いて、甘く感じなかったのを覚えている。
葵が必死で働いた三年間は一体何だったというのか。 決して、楽な毎日ではなかった。寝る間も惜しんで、仕事に追われていた日々は、無価値だったということだ。
一生懸命頑張って、頑張り抜いて、その見返りは理不尽なクビ。
よく努力は美談に称されるが、葵の努力には一体どれほどの価値があったというのだろう。
クビになってからは、特に何をするでもなく、ただ寝て、食べて。
そんな堕落した生活が、身体に馴染み始めてきた。

(大学を卒業した頃と大違い……)
社会人生活開始と同時に、一人暮らしをしている。自分好みに新調した家具で囲まれた部屋は、居心地が良い。

(でも、もうここにも住めないな)
豊かな毎日を思い、一人暮らしには少し広くて、交通の便が良い家を借りた。
家賃もそれ相応な値段がする。
けれども低賃金、サービス残業祭りで働いていた葵の懐は、寂しい。
無職になって、たった三ヶ月で先の心配をしなくてはいけないなんて、どこまでも悲しい社畜生活を送っていたものだ。
途端にぐぅぅーと、大きな腹の音が、静まり返っている部屋に響いた。

(……めんどくさいなぁ)
人間、何をする気がなくて、何もしていなくとも、変わらず腹は減るもので。面倒な限りである。

「……このままでいいや」
部屋着にジャージを羽織って、葵はスーパーに買い物へ出掛ける。
スーパーで適当にスナック菓子を購入した葵は、店内の休憩所に立ち寄った。ここは昼間、お爺さんお婆さんの憩いの場として活躍している。今もお爺さんが一人、コーヒーを片手に新聞を広げていた。

「わっ」
菓子の封を開けた勢いで、中身が少々お亡くなりになった。
ため息をつきながら、床に散らばるお菓子をまとめて捨てる。上手くいかない時は、何をしても上手くいかないのだから、不思議なものだ。
そして、上手くいっている時はすぐに終わる。人生とは無理ゲーをひたすら続けることだ。
葵は惰性で菓子を口に運びながら、スーパーで無料配布していた求人雑誌と、賃貸アパートのチラシに視線を落とす。

「社員じゃなくても、バイトから……いや、でもな」
フリーターになるのは、逃げているように思えてしまう。
いや実際、葵の場合は、前職でのことがトラウマになって踏み出せないのだから。逃げに思うも何も、現実から全力で逃走する結果の選択肢、フリーターだろう。

(……やっぱり就職か)
一度、アルバイトを始めると、ずるずるとそこから抜け出せないのではないかという怖さもあった。

「あ、すみません」
賃貸アパートのチラシが、ヒラリとお爺さんの足下へ落ちる。
それを拾い上げてくれたお爺さんは、じっとチラシを見た後で、手渡してくれた。

「家をお探しかな?」

「え、ああ。はい少し」
突然始まった会話に、葵は曖昧な返事をする。
するとお爺さんは、茶色のハット帽を被りなおして、葵に人の良さそうな笑顔を向けた。

「うちに来たらどうかな」

「え? あー……」
あっこれは駄目だやばい人だと判断し、葵は早々にお菓子の袋をくるくると畳んで、鞄にしまい込む。
初対面で、二言目に女性を家に誘うなんて、変態以外の何者でもないだろう。
七、八十歳ぐらいに見えるが、ずいぶんと元気なご老人である。

「いえ、大丈夫です」
チラシを拾ってくれた事に礼を告げ、広げていた雑誌も片付ける。
早くこの場から立ち去ろうとしていた時、お爺さんは再び口を開いた。

「大家をしてるんだけどね、部屋がまだ余ってるんだよ」

「えっ大家、さん……?」
次の話に進む。(準備中)
