第2話
樹里たちは、すぐに灰原姉弟に追いついた。
けれど樹里は綾人に声をかけずに、しばらく校内で大学祭を楽しむ姉弟の後をつけて回った。
観察していて、再度思ったことがある。やはり灰原姉弟はどこか浮世離れした雰囲気を持っている。しぐさや表情には品があり、まるで高貴なご令嬢とご令息である。

「綾人君と鞠子さん、仲良しだね」
綾人と鞠子は売店でそれぞれ同じ苺のクレープを購入し、一緒に写真を撮っていた。
顔と雰囲気がよく似た二人は、味の好みも似ているのだと思うと、微笑ましい。
他の店でも、お揃いのアクセサリーを買うなど、二人の親密な関係がよく表れていた。大学祭に遊びに来る時点で、仲の良い姉弟なのだろうとは思ったが想像以上だ。
そしてそれは、樹里にとって――。

「最高。なおさら好きになった」
樹里の考えを代弁するように、大地は言った。
樹里も大地も、灰原姉弟を見るばかりで声をかけようとしない。当然だった。樹里たちの目的はそんなことではないのだから。

「大地……」

(どうしよう、本当に嬉しい)
樹里は自分と大地、そして好きな人。それ以外の他人に興味は欠片もない。これは昔から変わらない樹里の思考だが、ひとつだけ例外がある。それは大地の交際相手だ。
大地が大切にしている相手は、樹里も大切で、その全てを知りたい。そもそも片割れが付き合っている相手なのだから、知らない方がおかしいだろう。

(あの時は上手く行かなかったけど……)
過去にも双子の恋人がクラスメイト同士だったことはあったが、それほど深い関係性にはなれなかった。四人で関わりたいのに、上手くいかないことが多かったのだ。
樹里と大地の仲が良いことを恋人がよく思わず、嫉妬されてしまうことがしばしばあった。これに関しては、馬鹿なことだと思う。樹里と大地は切り離せるものではないのに。
その点、仲が良い灰原姉弟は最高の条件が揃っている。
双子と姉弟が交際して、家族になる。これ以上ない理想的の関係だった。
* * * * * * * * * *
それから二時間ほど学際を楽しんで、灰原姉弟は大学を後にした。
その帰り道。ある喫茶店の前で、綾人と鞠子は別れる。
ごみ捨てに出てきた若い女の店員が、綾人に挨拶をする。綾人もにこやかに挨拶を返すと、そのままバックヤードから店に入っていった。どうやら綾人のバイト先のようだ。
バイト終わりが何時になるのか、今はわからないため、樹里たちは鞠子を追った。
けれど、鞠子は複数の女友達とカラオケ店で合流する。
仕方がないので、樹里たちはカラオケ店の駐車場の離れたところに座って、鞠子が出てくるのを待った。ずいぶんカラオケを堪能しているようで、二時間、三時間過ぎても、出てくる気配はない。
待ち遠しかった。けれど、この時間は双子にとって苛立ちや退屈を感じるものではない。

「四人でさ、お揃いのパジャマとか着たいよな」

「いいねー! 樹里はピンクがいい! 旅行の時は部屋どう分ける?」

「あー毎回くじとかいいんじゃね?」

「うわ、絶対楽しい。大地天才?」
樹里たちは未来の話に花を咲かせて、何時間だって待った。ドキドキしながら。夕焼けが月に変わっても、話が尽きることはなかった。付き合ったら、結婚したら、どうする。そんな話をしていたら、時間はあっという間に過ぎてしまう。
結局、鞠子がカラオケ店から出てきたのは、六時間が経ってからだった。
女友達と別れて地下鉄に乗った鞠子の、ひとつ隣の車両に乗り込む。三駅先で、鞠子はホームに降りた。あまり人が多い駅ではなく、樹里たちは用心深く距離を取る。
途中、樹里が未来の姉に熱視線を注ぎ過ぎたためか、鞠子が振り返ってしまった。とっさに大地が背を向けて隠してくれたので、事なきを得る。「ごめん」と言って、笑い合った。
北口の改札から外へ出た鞠子に続いて、七分ほど住宅街を歩くと、目的地にたどり着く。
鞠子が自宅に入るのを見届けると、樹里はうっとりと〈灰原〉の表札が掲げられた一軒家を見上げた。

「ここが綾人君たちの家かぁ。いい家だね」
特別大きな一軒家ではないが、双子と姉弟の四人が住むには十分過ぎる広さだった。
屋根付きの駐車場は今、贅沢に二台の自転車に使われている。車を買ったら、ずいぶんと行動範囲が広がるだろう。

「灰原樹里、かぁ」
灰原の表札をなでる。匂いを嗅いだら、学校のグラウンドのような匂いがした。そのまま舌を這わせると、大理石のつるりとした舌触りが気持ちよかった。

「樹里、灰原になんの?」

「うん。だって好きな人のところにお嫁に行くの樹里の夢だし」

「俺もなる」

「えっ?」

「樹里と俺の名字が違うなんてあり得ねぇだろ?」
樹里はぽかんとしていた。珍しく、大地は何を言っているのだろうと思ったから。

「当たり前でしょ? どうして樹里だけなの。樹里が変わるなら、大地も一緒に決まってるじゃない」
次にぽかんとしたのは、大地の方だった。
そしてすぐに、人懐っこい笑顔を見せる。

「ははっそうだよな。悪い」

「そうだよ。それより、早く物件探そうよ」
灰原姉弟が大学から近いところに住んでいて良かった。もちろん遠くても引っ越しはするが、樹里は朝が弱いため通学が辛くなる。
灰原宅は角に建てられていて、右は道路、左にはリゾート地にでもありそうなログハウスが建っていた。

「隣の家が良かったけど……空いてないね。残念」

「だな。お、向こうにスーパーもある」
大地が周囲を見渡しながら立地を確認する。これからあのスーパーには、灰原姉弟と何度も通うことになるのだろう。
コンビニや郵便局もあり、道中にもファストフード店がちらほら見えた。なかなか住みやすそうな場所である。
けれど樹里の視線は、先ほどからログハウスにそそがれていた。

「ねぇ大地ー。ログハウスって、よく燃えそうじゃない?」

「おいおい。冗談だろ」

「えーだって」
大地の苦笑いに少々気分を害される。だって隣人がいるから、いけない。
樹里たちと綾人たちの邪魔になるのだから、速やかにいなくなってもらうのがいいだろう。

「燃えたあとに再建築なんて時間かかりすぎ。そんな待てるか。それに、灰原さん家に燃え移ったらどうすんだよ」

「あっ、そっか。そうだよね」
大地の言う通りだった。いけない。樹里は昔から、目の前のことしか見えなくて、考えが足りないことがある。その点、大地は賢かった。
思ったことをそのまま口に出す樹里は、よく敵を作る。その度に、フォローするのが大地の役目だった。

「だから、隣をどうにかするなら一旦引っ越したあとだな。放火じゃなくて、出て行くように追い込んでさ」

「うん、うん。そうだよねぇ。樹里、そういうの得意」
双子の恋が始まった。
家路につくまで、双子は語り続ける。愛を、どこまでも尽きない愛を。
