第1話
菅双子は愛する人の全てを理解し、相手の何もかも手に入れたいという狂愛精神の持ち主だった。
そんな二人が恋をした相手は――?
双子×姉弟。異常な愛を持つ彼女たちの、狂った愛の物語が始まった――。
* * * * * * * * * *
愛する人の全てを手に入れたいと思うのは、当たり前の感情だ。そして、それ以外の人間に興味を持たないのも至極当然だといえる。
菅樹里は今、初めての大学祭を楽しんでいた。
けれど、少し物足りないのは愛する人がいないことだ。花の大学一年生だというのに、入学してこの秋まで、惹かれる異性が現れなかった。
大学祭は賑わっていた。部活やサークル活動をしている団体が、唐揚げやたこ焼きなど、いくつも出店ブースを出している。午後からはミスコンテストなんかもやるらしい。学内はちょっとしたお祭り騒ぎだ。

「樹里、買えた。そこ座って食うか」
パンケーキが入ったトレイを片手に、大地は広場のベンチに腰掛ける。
前にいる女子大生が、大地を見ているのが分かった。それもそうだろう、大地は樹里の自慢なのだから。ふふっと笑みがこぼれて、樹里は満足気に大地の隣に座る。

「うん!」
樹里の双子の兄、菅大地。
短くて明るい茶髪は少し色が落ちて、金に近い。長身で程よくついた筋肉に、切れ長の瞳は男らしくて大好きだ。デニムと無地の黒シャツというシンプルな服装が、より本人の素材の良さを表していた。
樹里と左右対称にある泣きボクロも、双子の証のようで気に入っている。

「はい。ココア」
パンケーキと飲み物を交換する。蓋つきのトレイを開けると、チョコと生クリームがたっぷり乗ったパンケーキが入っていた。

「大地さすが!」
メニューの指定はしていない。けれど、大地はいつも樹里が求めるものが分かる。
樹里と大地は、いつだって一緒で一心同体だった。樹里は大地の全てを理解して、全てを把握しているし、それは大地もまた同様である。
血を分けた半身、二人の間に知らないことは何一つなく、必要もない。

「次どこ行く?」

「もう一個くらい甘いのいきてぇな」

「いいねぇ。向こうにパフェあったよ」
あっという間になくなってしまったデザートのおかわりを求めて、樹里たちは移動する。
昼時ということもあり、人の数は増えてきた。

「あっ」
階段を上っていた時、カツンと軽い音がした。下を見ると、カバンにつけていたパールのアクセサリーが散らばっている。紐が切れてしまったらしい。

「えー嘘、やだ」
以前大地が買ってくれたもので、お気に入りだったのに。一粒拾うと、大地も拾うのを手伝ってくれる。コンコンと、一人で階段を下りていくパールを追いかけた。

「待って待って」
そしてそれは……一人の男性に拾われる。先ほど階段ですれ違った男女二人だった。
彼は一瞬ぽかんとしていたが、すぐに状況を把握したようで、樹里にパールを手渡した。

「はい」

「あ、りがとう」
整った顔立ちだが、格好いいよりも可愛いが似合う男の子だった。中学、いや高校生だろうか。少年が大人になる前の、あどけなさが残っている。
大地と違って細身で、柔らかい笑顔が印象的だ。弓道や茶道といった静かで凛とした振舞いがよく似合いそうである。
「あら、大変」と、隣にいた女性もパールを拾い始める。動作にどこか上品さがあり、雰囲気のある二人だった。
三人がパールを拾っている間、樹里は彼らを見つめていた。

「綾人、そっちにもあるわ」

「あ、本当だ」
そう話す二人の距離感はひどく近い。
樹里は「綾人」と彼を親し気に呼んだ女性を凝視する。黒のロングヘアが似合う、美しい女性だった。

「お二人は恋人ですか?」
樹里の唐突な問いかけに、二人は揃って顔を上げる。そのあとで、どちらともなく微笑んだ。

「いえ、まさか。仲が良いからよく勘違いされるけど」

「僕、灰原綾人です。それで」
綾人の視線を受けて、彼女も答えた。

「灰原鞠子、私たち姉弟なの」

「今日は姉の大学祭に遊びに来ました」
言われてみれば、目元が似ている気がした。灰原姉弟の少し細い二重が、とても聡明に見える。
樹里が大地を見ると、しっかり目が合った。大学祭を姉弟で回る学生が、一体どれほどいるのだろう。少なくとも、周りには樹里たち以外にいなかった。
「俺たちも」「樹里たちも」と綺麗に声が重なる。そして続く言葉も。

「兄妹です」
灰原姉弟は、驚いた様子だった。樹里たちも驚いている。こんなに綺麗な姉弟がいるなんて。

「本当?」

「つーか、双子です」
鞠子の問いに大地が答えると、姉弟の驚きはまた加算されたようだ。双子というのは、少し物珍しい目で見られるものである。
「は? え、なに?」と後ろから困惑した一般客がやってくる。下りようとした階段で、四人もしゃがみ込んでいれば、そういった反応にもなるだろう。
通って下さい、と言えば、不思議そうにしながらも階段を下りていく。

「早く拾わないと」

「そうね。踏まれるといけないわ」
灰原姉弟がパールを拾い出したのを見て、樹里たちも再開する。およそ二十個のパールが樹里の手元に戻ってきた。

「見える範囲にあるのは全部拾えたと思うんだけど」

「本当にありがとうございました」
地面を見渡しながら告げた鞠子に、双子は頭を下げる。もちろん拾ってくれた綾人にも。

「いいのよ。ね、綾人」

「うん。じゃあ、僕たちはこれで」
この後は少し二人で校内を見て回るのだと言って、灰原姉弟は広場の方へ去っていった。
綾人は一度すぐに振り返って、小さく手を振った。樹里も振り返した。
そのあと、綾人はもう振り返ることはなかったが、樹里はその背中から目を逸らすことが出来なかった。

「………やっば……反則だろ」
隣から声が聞こえて、ようやく視線を移した時、樹里はこれ以上ない幸福感に包まれる。
大地の視線に確かな熱が灯っているのを見て、視界が一気に拓けたような気がした。なんてことだ。なんて幸せ。こんなに嬉しい日はない。
今日、大地に好きな人が出来た。そして樹里にも、好きな人が出来た。
胸が高鳴る。片方でもおめでたいことなのに、二人ともなんて。
――灰原姉弟、恋の相手。

「大地」
色んな想いが溢れかえっているのに出てきた言葉はこれだけ。けれど双子には、それで十分だった。
大地は一瞬目を開いて、すぐに樹里の手を握る。愛おしむような笑顔だった。きっと、樹里も同じ顔で笑っている。

「まじかよ、樹里」

「うん、うん!」
双子が同じ日に、同じタイミングで、同じ姉弟に恋をするなんて、どれだけ素敵なのだろう。
ベタな出会いだったかもしれない。だがベタな出会いも二つ重なれば、運命と呼ぶのではないか。

「大地、追いかけよう!」

「ああ、早くしないと見失う」
